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해설! 천성인어!! (일본어 일본 신문 칼럼)

2021년 6월 20일자 천성인어 (天声人語) - 父の日と娘

by 홍성필 2021. 6. 30.
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(本文:본문

〈世の娘半分は父を嫌ふとぞ猫を撫でつつ答へむとせず〉宮地伸一。老いても娘の思いが気になる父親の姿が浮かぶようである。きょうは父の日。父娘の短歌を探してみたが、意外と少ない。母の日と比べて地味な存在なのにも通じるか。

〈転勤の娘(こ)の背に春の陽(ひ)は徹(とお)る良き友を得よ良き上司得よ〉。詠んだのは、昭和ひとけた生まれの男性である。高度成長期に就職し、持病で入退院を繰り返しながらも勤め上げた。定年後は念願の短歌に打ち込んだが、65歳で逝った。

娘は最近、父の没後に家族が自費出版した歌集を21年ぶりに読み返し、初めてこの歌に気がついた。病床での心境などを詠んだ他の作品より趣には欠けるが、ずしりと心に響いた。

男性は生前、本紙歌壇選者の馬場あき子さん(93)が創設した短歌結社「歌林(かりん)の会」で、熱心に出詠していた。馬場さんは実母を幼少時に亡くし、父への思いを数々の歌に詠んでいる。〈いつかさてかなしきものを父と呼び生きなむよ秋澄む夜々の思ひに〉。

「父親って、娘が小さいときはあこがれの人なのに、だんだんうっとうしくなる。不器用で本音を言わないから、言葉を介してつながれる間柄ではないかもしれません」と馬場さん。やはり「かなしき」存在なのか。娘を案じた男性のことも覚えているという。

名も無き父が詠んだ「転勤の娘」は、実は私である。これまで10回の転勤で、上司はともかく友には恵まれた。今回、普段の筆者に代わり担当したことをお断りしておく。




 


(よみがな:
요미가나

〈世(よ)の娘(むすめ)半分(はんぶん)は父(ちち)を嫌(きら)ふ(う)とぞ猫(ねこ)を撫(な)でつつ答(こた)へむ(えん)とせず〉宮地伸一(みやじ・しんいち)。老(お)いても娘(むすめ)の思(おも)いが気(き)になる父親(ちちおや)の姿(すがた)浮(う)かぶようである。きょうは父(ちち)の日(ひ)。父娘(ちちむすめ/おやこ)の短歌(たんか)を探(さが)してみたが、意外(いがい)と少(すく)ない。母(はは)の日(ひ)と比(くら)べて地味(じみ)存在(そんざい)なのにも通(つう)じるか。

転勤(てんきん)の娘(こ)の背(せ)に春(はる)の陽(ひ)は徹(とお)る良(よ)き友(とも)を得(え)よ良(よ)き上司(じょうし)得(え)よ〉。詠(よ)んだのは、昭和(しょうわ)ひとけた生(う)まれの男性(だんせい)である。高度(こうど)成長期(せいちょうき)就職(しゅうしょく)し、持病(じびょう)で入退院(にゅうたいいん)を繰(く)り返(かえ)しながらも勤(つと)め上(あ)げた定年(ていねん)後(ご)は念願(ねんがん)の短歌(たんか)に打(う)ち込(こ)んだが、65(ろくじゅうご)歳(さい)で逝(い)った。

娘(むすめ)は最近(さいきん)、父(ちち)の没後(ぼつご)に家族(かぞく)が自費(じひ)出版(しゅっぱん)した歌集(かしゅう)を21(にじゅういち)年(ねん)ぶりに読(よ)み返(かえ)し、初(はじ)めてこの歌(うた)に気(き)がついた。病床(びょうしょう)での心境(しんきょう)などを詠(よ)んだ他(ほか)の作品(さくひん)より趣(おもむき)には欠(か)けるが、ずしりと心(こころ)に響(ひび)いた

男性(だんせい)は生前(せいぜん)、本紙(ほんし)歌壇(かだん)選者(せんじゃ)の馬場(ばば)あき子(こ)さん(93)が創設(そうせつ)した短歌(たんか)結社(けっしゃ)「歌林(かりん)の会(かい)」で、熱心(ねっしん)に出詠(でえい)していた。馬場(ばば)さんは実母(じつぼ)を幼少時(ようしょうじ)亡(な)くし、父(ちち)への思(おも)いを数々(かずかず)の歌(うた)に詠(よ)んでいる。〈いつかさてかなしきものを父(ちち)と呼(よ)び生(い)きなむ(ん)よ秋(あき)澄(す)む夜々(よよ)の思(おも)ひ(い)に〉。

「父親(ちちおや)って、娘(むすめ)が小(ちい)さいときはあこがれの人(ひと)なのに、だんだんうっとうしくなる。不器用(ぶきよう)で本音(ほんね)を言(い)わないから、言葉(ことば)を介(かい)してつながれる間柄(あいだがら)ではないかもしれません」と馬場(ばば)さん。やはり「かなしき」存在(そんざい)なのか。娘(むすめ)を案(あん)じた男性(だんせい)のことも覚(おぼ)えているという。

名(な)も無(な)き父(ちち)が詠(よ)んだ「転勤(てんきん)の娘(こ)」は、実(じつ)は私(わたし)である。これまで10回(じゅっかい)の転勤(てんきん)で、上司(じょうし)はともかく友(とも)には恵(めぐ)まれた。今回(こんかい)、普段(ふだん)筆者(ひっしゃ)代(か)わり担当(たんとう)したことをお断(ことわ)りしておく。
 

 

(もう一度読んでみよう:다시 한 번 읽어보자

〈世の娘半分は父を嫌ふとぞ猫を撫でつつ答へむとせず〉宮地伸一。老いても娘の思いが気になる父親の姿が浮かぶようである。きょうは父の日。父娘の短歌を探してみたが、意外と少ない。母の日と比べて地味な存在なのにも通じるか。

〈転勤の娘(こ)の背に春の陽(ひ)は徹(とお)る良き友を得よ良き上司得よ〉。詠んだのは、昭和ひとけた生まれの男性である。高度成長期に就職し、持病で入退院を繰り返しながらも勤め上げた。定年後は念願の短歌に打ち込んだが、65歳で逝った。

娘は最近、父の没後に家族が自費出版した歌集を21年ぶりに読み返し、初めてこの歌に気がついた。病床での心境などを詠んだ他の作品より趣には欠けるが、ずしりと心に響いた。

男性は生前、本紙歌壇選者の馬場あき子さん(93)が創設した短歌結社「歌林(かりん)の会」で、熱心に出詠していた。馬場さんは実母を幼少時に亡くし、父への思いを数々の歌に詠んでいる。〈いつかさてかなしきものを父と呼び生きなむよ秋澄む夜々の思ひに〉。

「父親って、娘が小さいときはあこがれの人なのに、だんだんうっとうしくなる。不器用で本音を言わないから、言葉を介してつながれる間柄ではないかもしれません」と馬場さん。やはり「かなしき」存在なのか。娘を案じた男性のことも覚えているという。

名も無き父が詠んだ「転勤の娘」は、実は私である。これまで10回の転勤で、上司はともかく友には恵まれた。今回、普段の筆者に代わり担当したことをお断りしておく。



 

홍성필의 해설! 천성인어!!
http://col.ikahochurch.com

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