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해설! 천성인어!! (일본어 일본 신문 칼럼)

2021년 6월 19일자 천성인어 (天声人語) - 朗読の日

by 홍성필 2021. 6. 30.
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(本文:본문

作家樋口一葉が残した日記には、母親に小説の読み聞かせをする記述がいくつかある。「夕飯ことに賑々(にぎにぎ)しく終(おわ)りて、諸大家のおもしろき小説一巡母君によみて聞かしまいらす」「日没後小説二、三冊よみて母君に聞かし参らす」。

近代文学研究者の前田愛が『近代読者の成立』で紹介していた。あまり字の読めなかった一葉の母が、娘の朗読を楽しみにする姿が浮かんでくる。日記が書かれたのは明治の中ごろである。

本は黙読が当たり前と思いきや、かつては声に出して読むのが一般的だった。「小説は個人的に鑑賞されるものとしてより、家族共有の教養の糧、娯楽の対象として考えられていたらしい」と前田は書く。貸本屋から借りた本を一人が朗読し、家族全員で聞き入る光景があった。

きょう6月19日はゴロ合わせで「朗読の日」。大人同士の読み聞かせの現代版と言っていいだろうか、オーディオブックなるものも利用者が増えているという。プロの読み手の朗読をスマホで聞く。本が苦手な人でも近づきやすいと少し前の本紙記事にあった。

移動中はもちろん家事や運動の最中、就寝前などに本を「聞く」人が多いという。在宅の時間が増えているのも追い風になっているか。

多くの情報を急いで入れたくなる現代だが、声に出して読むことのよさは速度を落とすことにもある。難解な本であっても不思議と優しい表情になってくる。詩や短歌、俳句も自分の声で自分にゆっくり聞かせれば、自然と体にしみこんでいく。




 


(よみがな:
요미가나

作家(さっか)樋口一葉(ひぐち・いちよう)が残(のこ)した日記(にっき)には、母親(ははおや)に小説(しょうせつ)の読(よ)み聞(き)かせをする記述(きじゅつ)がいくつかある。「夕飯(ゆうはん)ことに賑々(にぎにぎ)しく終(おわ)りて、諸大家(しょたいか)のおもしろき小説(しょうせつ)一巡(いちじゅん)母君(ははぎみ)によみて聞(き)かしまいらす」「日没後(にちぼつご)小説(しょうせつ)二(に)、三冊(さんさつ)よみて母君(ははぎみ)に聞(き)かし参(まい)らす」。

近代(きんだい)文学(ぶんがく)研究者(けんきゅうしゃ)の前田愛(まえだ・あい)が『近代(きんだい)読者(どくしゃ)成立(せいりつ)』で紹介(しょうかい)していた。あまり字(じ)の読(よ)めなかった一葉(いちよう)の母(はは)が、娘(むすめ)朗読(ろうどく)を楽(たの)しみにする姿(すがた)浮(う)かんでくる。日記(にっき)が書(か)かれたのは明治(めいじ)の中(なか)ごろである。

本(ほん)は黙読(もくどく)が当(あ)たり前(まえ)と思(おも)いきや、かつては声(こえ)に出(だ)して読(よ)むのが一般的(いっぱんてき)だった。「小説(しょうせつ)は個人的(こじんてき)鑑賞(かんしょう)されるものとしてより、家族(かぞく)共有(きょうゆう)教養(きょうよう)糧(かて)娯楽(ごらく)対象(たいしょう)として考えられていたらしい」と前田(まえだ)は書(か)く。貸本屋(かしほんや)から借(か)りた本(ほん)を一人(ひとり)が朗読(ろうどく)し、家族(かぞく)全員(ぜんいん)で聞(き)き入(い)る光景(こうけい)があった。

きょう6(ろく)月(がつ)19日(じゅうくにち)はゴロ合(あ)わせで「朗読(ろうどく)の日(ひ)」。大人(おとな)同士(どうし)の読(よ)み聞(き)かせの現代版(げんだいばん)と言(い)っていいだろうか、オーディオブックなるものも利用者(りようしゃ)が増(ふ)えているという。プロの読(よ)み手(て)の朗読(ろうどく)をスマホで聞(き)く。本(ほん)が苦手(にがて)な人(ひと)でも近(ちか)づきやすいと少(すこ)し前(まえ)の本紙(ほんし)記事(きじ)にあった。

移動中(いどうちゅう)はもちろん家事(かじ)や運動(うんどう)の最中(さいちゅう)就寝(しゅうしん)前(まえ)などに本(ほん)を「聞(き)く」人(ひと)が多(おお)いという。在宅(ざいたく)の時間(じかん)が増(ふ)えているのも追(お)い風(かぜ)になっているか。

多(おお)くの情報(じょうほう)急(いそ)いで入(い)れたくなる現代(げんだい)だが、声(こえ)に出(だ)して読(よ)むことのよさは速度(そくど)を落(お)とすことにもある。難解(なんかい)な本(ほん)であっても不思議(ふしぎ)優(やさ)しい表情(ひょうじょう)になってくる。詩(し)や短歌(たんか)、俳句(はいく)も自分(じぶん)の声(こえ)で自分(じぶん)にゆっくり聞(き)かせれば、自然(しぜん)と体(からだ)にしみこんでいく。
 

 

(もう一度読んでみよう:다시 한 번 읽어보자

作家樋口一葉が残した日記には、母親に小説の読み聞かせをする記述がいくつかある。「夕飯ことに賑々(にぎにぎ)しく終(おわ)りて、諸大家のおもしろき小説一巡母君によみて聞かしまいらす」「日没後小説二、三冊よみて母君に聞かし参らす」。

近代文学研究者の前田愛が『近代読者の成立』で紹介していた。あまり字の読めなかった一葉の母が、娘の朗読を楽しみにする姿が浮かんでくる。日記が書かれたのは明治の中ごろである。

本は黙読が当たり前と思いきや、かつては声に出して読むのが一般的だった。「小説は個人的に鑑賞されるものとしてより、家族共有の教養の糧、娯楽の対象として考えられていたらしい」と前田は書く。貸本屋から借りた本を一人が朗読し、家族全員で聞き入る光景があった。

きょう6月19日はゴロ合わせで「朗読の日」。大人同士の読み聞かせの現代版と言っていいだろうか、オーディオブックなるものも利用者が増えているという。プロの読み手の朗読をスマホで聞く。本が苦手な人でも近づきやすいと少し前の本紙記事にあった。

移動中はもちろん家事や運動の最中、就寝前などに本を「聞く」人が多いという。在宅の時間が増えているのも追い風になっているか。

多くの情報を急いで入れたくなる現代だが、声に出して読むことのよさは速度を落とすことにもある。難解な本であっても不思議と優しい表情になってくる。詩や短歌、俳句も自分の声で自分にゆっくり聞かせれば、自然と体にしみこんでいく。



 

홍성필의 해설! 천성인어!!
http://col.ikahochurch.com

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